【特別投稿】或る殺人者の手記
投稿者:奇々怪々 (1)
夢に決まっています。自分はまだ寝ぼけていたんだ、そう思うことにしました。
その後、金もまともな住所もない自分は、あの日の行いをずっと自分の胸のなかにしまったまま、ネットカフェで寝たり、公園で野宿をしたりしながらフラフラしていました。
あのときに逃げたりせずおとなしく警察につかまっておけば、どんなによかったでしょう。
自分はもう、外を歩くのも恐ろしいし、屋内にいるのも恐ろしくなっていました。
どこにいても店長がいろいろなものに姿を変えていつも自分を監視しています。
どんなに場所を変えても、ごぼごぼごぼ…という古い水道管のような音がつきまとってろくに寝られません。
どこに行っても生臭い。町中の川や用水路などはもう見るのも御免です。
外を歩いていると、姿の見えないカラスが自分のまわりで羽ばたき、「カアッ!」と鳴いています。
視界の端に、首に裂け目があって頭が変な角度にカクカクした奴が歩いていることも一度や二度ではありません。
肉屋や魚屋を見るのも、もう無理です。
ことに店頭で、まだ生きている魚がまだ跳ねているのにとどめを刺して魚の身をおろすのなどは、視覚も嗅覚も、五感全部であの夜のことを思い出してしまってとても見てはおられません。
自分の生活はなにもかも変わり果ててしまったのです。
自分は精神的に病気になってしまったのかもしれません。
医者にでもかかることができれば良いのですが、保険証を使うわけにも行きません。
住所不定の逃亡犯である自分に、保険証なしで高額な病院代を払えるわけもありません。
結局、小銭で買った酒をあおって自分を誤魔化すくらいありませんでした。
どうして自首しなかったのか。
きっとあなたはそう疑問に思っているのでしょう。
実を言うと自分は、交番に行って自首しようと思ったことがありました。でも駄目だったのです。
交番も店長に見張られていました。
自分が交番に行くと、ひさしには大きなカラスが止まっていました。
自分を見つけるとカラスが「カアッ!」と鳴きました。
上を気にしながら自分が交番に入ろうとすると、交番にいた二人の制服姿のお巡りさんが立ち上がってこっちを見ています。
「もしかしておれは指名手配にでもなっているのか」と自分は一瞬思いましたが、それにしてはようすが妙でした。
若い方も中年の方も、お巡りさんはどちらも目を大きく見開いて、右手でこっちを指さしているのです。
二人とも口を魚のようにぱくぱくさせて、台所のガスでも洩れているようなしゅうしゅうという嫌な音を立てていました。
自分は恐ろしくて尻もちをついてから、一目散に交番を飛び出しました。
けれども、外も奴らでいっぱいでした。
通行人が交番の入口を取り囲むようにして立っており、みんな右手で自分を指さして、喉からしゅうしゅうと音を立てていました。…いや、そうではありませんでした。
しゅうしゅう聞こえると自分が思っていたのは、小声で「どうして」、「どうして」と言っているのでした。
自分は声にもならないような変な声を出して、その場に立ちすくむしかありませんでした。
全員無表情で、口をぱくぱくとさせています。
二列目に生きていたときの店長の顔を見つけました。
びっくりしたとたんに「カアッ!」とカラスの鳴く声がして、自分は我に返り、「ごめんなさい、ごめんなさい」「許してください」と大声で言いながら無茶苦茶に走って逃げました。
実話をもとに書かれたリアルな体験談。
中盤から終盤にかけてのモノローグ。
得体の知れない衝動に駆られ、かくたる動機もなく、人を殺めてしまったことへの後悔と罪悪感に苛まれ、恐れおののく様がぐいぐいと痛いほど伝わってきます。
精神を病み、幻想とも幻覚とも付かない店長から逃げ惑う日々に終わりを告げ、安堵する姿は、どこかホッとさせるものがありました。
17年の実刑判決を終え、穏やかで平穏な日々を送られていることを切に祈り願います。
読み応えありました
いくつかの単語でググったら割と有名な事件出てきたけど、そんな簡単に特定できるわけないですよね
当時の彼女のことは警察には言わなかったのかな
次回作も期待
福川水門かな
人殺しの分際で周りを屑呼ばわりとかもう静かに暮らしたいとか随分と図々しい人だな、ほんとに反省してる?もし本当に店長の呪いなら警察に捕まろうが刑務所に何年入ろうが追ってくるよね。結局自分の妄想に自分で決着つけちゃってそれで良しとするこの人の最後まで自己中な心持ちが透けて見えるだけだった。
作品として面白かったです。
ノンフィクションだとしたらなかなかの文章力。さすが腐っても国立合格の教養といったところでしょうか。