あれは今から30年前、僕がまだ小学生だった頃の出来事だ。近所にひっそりと佇む分校は、すでにその役割を終え、廃校となっていた。僕の母親が通っていたというその木造平屋の校舎は、長い年月が刻んだ染みと埃にまみれ、まるで生き物のように澱んだ空気を吐き出していた。夏休みに利用されるプールや、選挙の投票所、そして部落の寄り合いに利用されるたびに、その古い校舎は、失われた子供たちの嬌声と、大人たちのざわめきを薄気味悪く反響させていた。
特に、僕の目を惹きつけたのは、昇降口の上に鎮座する巨大な時計だった。文字盤は陽に焼けて色褪せ、針は錆びつき、とっくに時を刻むことをやめている。いや、そう思っていた。
あの日、夕暮れ時、僕と友達はいつもの悪戯に興じていた。朽ちた分校の壁に石を投げつけ、その虚ろな静寂を打ち破ることに、幼い僕らは背徳的な喜びを感じていたのだ。そして、僕の投げた石が、あの動かざる時計のガラスを砕いた瞬間、世界は一変した。
ガシャン!
鈍い音と共にガラスが砕け散り、剥き出しになった時計の文字盤が、夕闇の中に白く浮かび上がった。その瞬間、止まっていたはずの針が、まるで意思を持ったかのように狂おしく回転し始めたのだ。
チクタクという音はどこにもない。ただ、**「グルルルルルル……」**という、喉の奥から絞り出すような、深く、低い唸り声が校舎の奥から響いてくるように感じた。それは、まるで何かが目覚めたような、あるいは、怒りに打ち震えているような、悍ましい音だった。
僕と友達は、全身の血の気が引くのを感じた。僕らが愚かな悪戯で、決して触れてはならないものに触れてしまったのだと直感した。背筋に這い上がる悪寒。肌が粟立ち、心臓が耳元でけたたましく鳴り響く。
「あ……あれ、僕たちを睨んでる……!」
友達の震える声に促され、僕たちは一目散にその場から逃げ出した。必死で走る僕らの背後で、あの時計は相変わらず狂ったように針を回し続けていた。遠ざかる視界の中で、朽ちた校舎が、まるで獲物を追う獣のように、黒い影を広げていく。
その夜、僕たちは何事もなく家に帰り着いた。だが、あの時の光景は、僕の網膜に焼き付いて離れなかった。そして、それ以来、僕の日常は少しずつ歪んでいった。
今でも、**電波時計が勝手に針を回し出すたびに、あの日の悪夢が蘇る。**それはまるで、あの古時計が、僕のすぐ隣で「グルルルルルル……」と唸りながら、僕の魂を蝕んでいるかのようだ。
あの古時計は、きっと付喪神などという生易しいものではなかっただろう。それは、長年放置され、怨念を吸い込み続けた廃校そのものの、**暗い、おぞましい「目」**だったのかもしれない。そして、僕らはその目を、不用意に開けてしまったのだ。
あの時、僕たちは確かに逃げ出した。だが、あの時計の針が回り始めた瞬間から、僕たちの時間は、あの廃校の呪縛に囚われたまま、永久に狂った時を刻み続けているのかもしれない。
君は、あの分校の時計が、今もひっそりと時を刻み続けているとでも思うかい?

























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