おい

新婚旅行で北海道に行った時の事です。私たち夫婦は飛行機を乗り継ぎ、レンタカーを借りて道東を巡っていました。北海道といっても６月に行ったので、からっとした暑さの中での快適な旅行でした。カヌーに乗って自然に触れたり、オホーツク流氷館に行ってタオルを振り回して凍らせた写真を撮ったりと北海道を満喫していました。この時までは。

昼食をとり、私たちは網走刑務所に向かうことにしました。遠目でみたら本物と見間違えるような看守や受刑者が各場所に配置されていて、見ごたえ抜群でした。そんな中、たこ部屋と呼ばれていた当時の受刑者の休憩所に差し掛かった時の事です。

そこは部屋の前に看守が立っていて、部屋の中は丸太一本を枕に受刑者たちが寝返りを打つ場所もないくらいにきちきちに寝ているといった当時の状況が再現されていました。昼間でしたが、部屋の中は明かりがついていない為、何だか不気味な雰囲気だ漂っていました。少し躊躇いましたがここまで来る機会があまりないという事もあって、思い切って中に入る事にしました。部屋に足を一歩踏み入れた瞬間。

「おい」

低い声でそう一言だけ発されました。その声は夫も一緒に聞いていて周りには誰もいませんでした。一周回った後にもう一度足を踏み入れてみたのですが、その声が聞こえたのは最初の一度切りでした。あれはいったい何だったのでしょうか。未だに怖くてあの時の写真は見返せずにいます。