高橋は女に好奇の目を向けた。
「えー、あれ、やってんじゃね」
彼は大きな勘違いをしていた。僕もその線を考えないわけではなかった。しかし女はひとりきりだったし、「やってる」にしては動きが明らかに不自然だった。
不意に女の動きが止まった。スイッチを切った扇風機のプロペラみたいに、彼女はゆっくりと速度を緩めていき、やがて完全に静止したのだ。
そのとき、信じられないことに高橋はスマホを取り出して軽自動車を照らそうとした。僕はそれに気づき止めようとしたが、もう遅かった。
放たれた光が女を照射し、僕は凍り付いた。
僕は心のどこかで、それが「例の女」であることを覚悟していたと思う。でも実際に白いワンピースと見開かれた巨大な目、大きくつりあがった口を見た瞬間、僕はパニックに陥ってしまった。
女は僕を見て(高橋ではなく、確実に僕を見ていた)、首を不自然な角度にねじ曲げて声を出さずに笑った。その目が充血して真っ赤に染まっていた。
車を出そうとしたが、エンジンがかからなかった。そして恥ずかしい話、僕は我を失って車を飛び出し、一心不乱に駆けた。高橋のことなど考える余裕もなかった。ただひたすらに、街灯もない真っ暗な国道を疾走した。
ようやく冷静になってきた頃、高橋に電話をかけたが、圏外で繋がらなかった。そのとき、スマホの充電も切れた。周囲は真っ暗で、深い森で囲まれている。
絶望に呑まれ、僕は闇の中に立ち尽くした。遥か遠くに、1つの街灯が見える。僕は最後の希望にすがる夏の虫のように、その光へふらふらと導かれていった。
どれくらいの時間、そうしていたのかわからない。僕は街灯の白い光の下に座り込んでいた。たった数分だったかもしれないし、数十分、もしかしたら数時間が経過していたのかもしれない。
目の前に一台の車が停まった。そのとき僕を捕えたのは、喜びではなく恐ろしい妄想だった。
もし、今停まった車が女の乗った軽自動車だったらどうしよう? そうだったら、僕は本当に気がおかしくなってしまうに違いない。でも、もしかしたら高橋の車かもしれないし……。
考えあぐね、顔をあげることができずにいると、頭上から、「乗れよ」という聞きなれた声が降ってきた。そこには白いクーペがあった。間違いなく、僕の車だ。僕は魂が抜けてしまうんじゃないかと思うほど大きな安堵のため息を漏らし、助手席に乗り込んだ。
ようやく、恐怖が去ったのだ。
その後、僕たちは鹿児島を観光してから広島に戻った。運転は全て高橋がした。僕は何か大切なことを忘れている気がしたが、あまり深く考えずに助手席で鼻歌を歌っていた。
僕はすっかり広島という土地が気に入ってしまい、そのままアパートを借りて仕事を見つけた。退屈な事務職だが、残業はないし給料もいいのでそこそこ満足している。
週末になると僕は高橋のアパートを訪ね、2人で飲みに出かける。彼は大学時代一切酒を飲まなかったが、最近はよく飲みに付き合ってくれるようになった。4月を境に、高橋の趣味もガラリと変わった。映画はめっきり見なくなったし、漫画ばかりだった書棚には古めかしい小説が並ぶようになった。
あんなに嫌がっていた運転も、いつの間にか好きになったようだった。
最後に女を見てから4か月が経つけれど、あれ以来、奴は姿を見せていない。
もちろんこの先、4度目の女を目撃することになるかもしれない――しかし、もう彼女はもう僕の人生に現れないような気がする。特に理由はない。ただそんな気がするだけだ。
あの夜の話は、お互い一切しないようにしている。一度、酔った勢いで僕がその話に触れかけたが、高橋は冗談で濁してくれた。そのとき、確か彼はこう言ったのだ。
「綺麗な女だったな、俺もあんな美人とやってみたいもんだよ」
そう言って彼は、大きく伸びをした後、ぐるんと首を回した。

























白いワンピースに赤いスカートが気になって話に集中できんかった
「日傘」の間違いです。修正しました。
文章が巧みすぎてどんどんのめり込んでしまった…ほんと怖かった……
母ちゃんには何もなく?
時計くんも高橋君も取り込まれたのかな?
怖い話だね!
俺も夜中三時半頃コンビニ行く途中、
白いワンピか全裸のロン毛の女がコンビニ隣の店の軒下に突っ立ってる見たことあるよ!
特に実害はなかったけど。
初めましてこんにちは。
女の姿を想像してゾクゾクしながら読ませていただきました。
とても怖かったです。
実は、こちらの作品を朗読させていただきたいのですが宜しいでしょうか。
もし可能でしたら、こちらのタイトルの読み方が「かん」で良いのかどうかを教えていただけると有難いです。
よろしくお願いします。