大家と猫
投稿者:amazake (3)
途切れを見せない雨の憂鬱な圧力を少しでもやわらげるために、あのぎこちかった鍵穴にこっそり内緒で油をさした。カチャリ、軽快に放たれた音から雨に打ち勝つような喜びを得る。
「そういえば──」
横を見るとツタは隣の扉の半分程に迫っている。大家はしかし、一向に手入れをする気配を見せない。
「ミャー」
いつの間にやら姿をあらわした猫に困った感じで笑いかけてみる。
「少しくらい親切してあげなくっちゃね」
猫に餌をやったあと、隣のノブにも油をさしてあげた。猫は、わさわさと蔓延るツタをじっと見つめていた。
その夜はこのボロアパートが崩れる危惧を抱くほど強い暴風雨に見舞われた。ボロとはいえ自分の城が悲鳴をあげているのを聞くと、どうしようもなく恐怖に襲われる。どうか壊れませんように。祈るように目を瞑った。
翌朝目が覚めると、なんの理由もないが、すぐに玄関の扉を開けた。支度もせず乱れた髪の上に透き通った青空が広がっている。ようやく抜けた梅雨に、ほうと安堵を得た瞬間、足首に暗く靄がかった冷気がヒヤリと撫ぜた。首筋があわだち、背筋に冷えた液体がつたい落ちる。は、と息を飲みながら隣を振り向くとそこには、今にもこちらの扉まで届きそうに伸びたツタの葉と、茶トラの無機質な胴体が転がって在った。手先から拡がり心臓まで包まれた激しい悪寒。混ざり乱れる思考と狭まる視界は確実にその冷たい茶トラを捉えていた。裸足のまま勢い駆け寄り抱き上げる。柔らかかった毛並みは、モノのように冷えていた。
「大家さん、猫が、猫が死んで………っ」
転がる速さで階下の大家の部屋を叩く。驚いたように現れた大家は、ぱっと矢野の腕の中の遺骸を見やる。大家は、猫を見つめたまま、
「おや、野良猫は死んでくれたんかい。良い事だこと。」
満面の笑みで言った。
保健所に遺骸を引き取って貰ったあと、7月を前に矢野は、一両日中にアパートを引っ越すことを決めた。残念そうに引き留める大家に断固として意志を伝え、もともと少なかった荷物をまとめた後、友人の車に乗せた。出発する直前、背後のアパートを振り返る。黒くうねったツタは、どちらの階も、全ての扉を覆おうとアパート全体を包んでいた。暗く不気味な何かが頭を過ぎり、矢野は、すいと視線を外してアパートから離れようと歩き始めた。
hidoi…
善良な猫が犠牲になるのは辛い
うーん、謎のままの部分が多すぎてモヤモヤする
うん、怖いと言うより文学的過ぎるww