会議室
投稿者:piko (6)
私が不動産業界に勤めていた時の体験です。
やはりこの業界には曰く付き物件を取り扱う事は珍しくなく、私も幾つか曰く付き物件を取り扱った事がありますが、今回の体験は所内で起きました。
私が抱えているお客様の契約書類を纏めていると、不意に職場の隣にある会議室から物音が聞こえてきたのです。
時間帯は夜7時とそこまで遅くはありませんが、生憎と現在私以外の人は出払っており、会議室から聞こえる『ギギギギギギ』と何処かくぐもった音に私は反応して思わず立ち上がりました。
しかし、書類を卓上に広げたままブラインドで目隠しされた会議室の前にやってくると、音が止むので私は首を傾げつつも仕事に戻るのですが、暫くすればまた『ギギギギギギ』と断続的な音が鳴るのです。
何かの不整備かなと思い、あまり気にしないように努めていましたが、どうにもその音が私の脳幹を揺すると言うか、意識に入り込んで来るので、私は再び会議室までやって来るとドアに手を掛けました。
まだ営業所を閉めていないので勿論鍵は掛かっておらず、ドアノブを回せばドアはするりと開いていきます。
消灯された室内は色味の無いテーブルや椅子がずらっと並んでいるだけで、不審な点は見当たりません。
壁際に追いやられたホワイトボードには本日議題に挙がった物件の詳細なんかが殴り書きされていましたが、それ以外は几帳面に整頓された代わり映えのしない一室です。
しかし、ドアを閉めようと思った刹那、キャスター付きの椅子の一つが細かに揺れている事に気づきました。
先刻の『ギギギギギギ』と濁音じみたものではなく、『キィ…』と腰掛ける主人が去った後手持ち無沙汰となった際によく見かける空回転に似た音が鳴っているのです。
誰か居た気配も形跡もありませんが、私は室内を見渡しながら中へ入り、今だ僅かに軋む椅子に手を宛がい動きを止めました。
座面に触れると僅かに温もりを感じましたが、私が営業所に一人になってから既に30分は経過しているので、思い違いだろうと踵を返します。
ですが、椅子に背を向けた刹那、急な湿り気が首筋を撫でたかと思えば、後頭部より高い位置から『ギギギギギギ』という不気味な音な聞こえてきたのです。
今しがた会議室の中に誰も居ないことを確かめた私ですが、この音を聞いた直後、確実に何かが背後に居ることを確信しました。
『ギギギッ』
悪意それとも殺意に満ちた様な陰鬱とした悪寒が背筋を迸ると、私は勇気を出して振り帰りました。
ですが、不意に視界に振り子の様な物が入り込んできたので、驚きつつもそれを注視します。
よく実家の照明に取り付けられているプルスイッチ。
頭にぶつかるとぶらんぶらんと揺れていましたが、今まさに目の前に似たような動きをしたものが左右前後に暴れているのです。
しかし、私は営業所から射し込む僅かな明かりから、それが靴を履いた人間の足だと気づくと、踝から脹脛、太腿から腰、胸部から首へと視線を段階続きで上げ、それが人間だと察します。
そして私は首吊り状態となった人間と目が合うのでした。
縄を括った首が締め上げられているせいか、酷くうっ血して浮腫んだ顔。
薄暗くても判別できる血走って今にも飛び落ちそうな目。
涎と一緒に垂れ流しの長い舌。
加えてソレの口は『ギギギギギギ』と喉奥から締め上げる様な音を奏でるのです。
私はソレを見上げた態勢のままどうやら気を失った様で、気がつくと職場の上司に叩き起こされていました。
上司曰く出先から戻れば営業所に人の気配がなく、不審に思い所内を見て回れば消灯された会議室で私が倒れているのを発見し、酷く戸惑ったそうです。
その際は「倒れたの?大丈夫?」とか「救急車呼ぶ?」等しきりに心配されたので、私は支障が無いように「すみません大丈夫です。たぶん、寝不足です」と応えました。
意識を取り戻した私は、恐らく発見した際に上司が点けたのか、一際明るくなった会議室を念入りに見渡しました。
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