夜の街、双眼鏡
投稿者:臭豆腐 (1)
最悪なことに、あいつのいた場所を通らないと帰れないのです。
無理を言って、家まで同僚に付き添ってもらいました。
あいつは、どうやら居ないようでした。
擦り切れるほど感謝の言葉を並べながら同僚に頭を下げているうちに、じわりじわりと安堵の気持ちが湧いてきました。
なにもいなかった、なにも起こらなかったじゃないか、と。
本当に馬鹿だと思います。すっかり油断してしまっていました。
油断しきって阿呆面晒していたそのとき、チャイムがなりました。
覗き穴から見ても、真っ暗でなにも映りません。ときおりふっと明るくなるのですが、すぐに真っ暗に戻ってしまいよく見えませんでした。
それをしばし見ていたのですが、急に恐ろしい想像が湧いて出ました。
もしかして、あいつが来たのではないか。あいつがドアに張り付く様な距離で体をくねらせているから真っ暗なのではないか、という想像が。
ばっと飛び退いて、後退りしながらベッドへ飛び込み頭まですっぽりと布団を被りました。
子供っぽい行為ですが、そうでもしないと恐怖でどうにかなりそうだったんです。
そうして数分か数十分か、とても長く感じる恐ろしい時間が過ぎました。
ベランダから、音がする。ぺたり、とか、ぺちゃ、とでもいうような音が。
思わず喉がヒュッと鳴りました。見ずにいるのは怖い、かと言ってこのまま見ずにいるのも恐怖でどうにかなりそうだ。
どうしたらいいかわからなくなって、ついに布団の隙間から覗き見てしまいました。
肥大化した頭部、やけに小さな手足、どろりと溶けた目玉、裂けた口、穴しかない鼻。そのあまりの悍ましさに、私はとうとう気を失ってしまいました。
気がつけば朝で、そいつはいなくなっていました。どこにいったのか、何がしたかったのか、私は助かったのか。なにもわかりません。
ですが、少なくとも、今は生きています。二度と、夜に街を眺めることはできなくなりました。これが私の体験談です。
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