夜の街、双眼鏡
投稿者:臭豆腐 (1)
有名な怖い話で、夜の街を双眼鏡で見てたらレンズ越しに怪異と目が合うみたいなやつ、あるじゃないですか。あれ、正直怖さがよくわからなかったんですよ。
でも、つい先日身に染みてわかりましたよ。夜、ベランダでタバコを吸いながらぼーっと街を眺めてたんです。
私の部屋は6階なので、景色はまあ悪くはないですね。
それで、ちょうど1本吸い終わるくらいのタイミングでふと違和感に気がついたんです。
眼下の街並みの中に、何か変な動きのものがいるな、って。
そいつは肉眼で見ようとするには遠かったので、スマホのカメラでズームして撮ってみたんです。
そこからそれをさらに拡大して。もちろん画質は最悪でしたから、よくわかりませんでした。
そこで諦めればよかったんですけど、なんだか意地になっちゃって。
バードウォッチングをしようと思って買ったものの、ろくにやらないまま埃を被ってた双眼鏡を引っ張り出してきたんです。
双眼鏡を覗き込んだ私は速攻で後悔しました。
変な動きのそれは、男性でした。
頭が体の半分くらいの大きさで、踊る様に体をくねらせている。
胎児を無理やり大きくしたかのような気持ちの悪い姿で、でも何故か直感で男性だとわかりました。
私は怖くなって、でも目が離せませんでした。目を離したらそいつがこちらに向かってくるような、そんな気がして。
動くことも目を離すことも出来ず固まっていた私でしたが、変な動きをしていたそいつが突然、ぴたりと止まりました。
嫌な汗が滲んで、手が震えました。
そいつはゆっくりと頭を回し、こちらを見て。笑った。そう感じました。
思わず双眼鏡を取り落として我にかえり、慌てて部屋へ戻って鍵をかけました。
心臓がバクバクと鼓動して、震えがなかなかおさまらない。
あいつが来たらどうしよう、玄関の鍵はしまっているけどあいつが幽霊的な原理で扉を通り抜けてきたらどうしよう。そんなことがぐるぐると頭を巡っていました。
そして眠れないまま朝を迎えたので、なぁんだ、と胸を撫で下ろしました。
朝になれば怪異はやってこないという、なんの根拠もない確信が私を包んでいて、「あいつのいた場所を見てこよう」という馬鹿な考えが私を突き動かした。
あいつのいた場所はこのあたりだったな、と見渡しているとあるものが目につきました。
電柱の上のほう、およそ3メートルほどのところに、赤黒いものを擦り付けたかのような跡があったのです。
ハッとしました。遠目に見ていたからわからなかったが、あいつは普通の人間よりもずいぶん大きかったのではないか、と。
過ぎ去ったはずの恐怖が再来して、心臓をきつく握りしめた様な感覚。猛ダッシュで自宅へ駆け戻りました。
すれ違う人々に怪訝な顔で見られたのがやけに腹立たしかった。
のんきなもんだな、こっちは大変なことになってるっていうのに、って。でもずっと自室にこもっているわけにもいきません。
仕事には行かなければいけませんからね。仮病を使おうかとも思いましたが、毎日それは通用しませんから、仕方なく仕事へ向かいました。
仕事中は忙しさであいつのことも忘れられたのですが、終わった途端、薄暗い外を見て背筋に冷たい汗が流れます。
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