憑いてきた
投稿者:櫻井文規 (4)
ある日の夜、電車で移動している最中、座席に座る若い男性を目にして驚いた事があった。
平日という事もあってか、座席はすべて埋まっていた。つり革に掴まり立っている人も多かった。私はドアのすぐ近くに立ち、その男性に目を向けた。
男性は若い女性の膝上に座る格好で、女性は男性の背中から腕をまわす格好でベッタリとくっついていた。そうして抱きつきながら男性の顔に自分の顔を寄せつけて、至近距離から男性の顔を覗きこんでいるのだ。
この乗車率の中でベタベタするってすごいな、と思いながら目を逸らし、しかし違和感を覚えてすぐにまた男性に目を向けた。
男性はイヤホンをつけて携帯をいじっている。手にはT県の観光名所の紙袋を持っていた。旅行帰りなのだろう。確かに大きめのバッグも足元に置いていた。しかしやはり女性は男性にベッタリと張りつき男性の顔を覗きこんでいる。周りにいる他の人間にはまるで関心ないようだった。
私はさらに気が付いた。男性は女性の膝上に座っているのではなくシートに座っている。女性が不自然な形で男性の背にくっついているのだ、と。
T県のその観光名所は自殺の名所としても知られている。思いついたとき、私は何となく理解した。
女性は男性に憑いてきたのだ、と。
その後私は電車を降り、男性はそのまま過ぎて行った。その後どうなったかは、私が知るはずもない。
怖い。