某温泉街の素敵な小料理屋
投稿者:明日の扉 (1)
私が12年ほど前に体験したお話です。
当時、若くして所帯を持ったものの、妻とのすれ違いから離婚を決意し、自身の区切りをつける意味で関東近郊の温泉地を一人旅する事がありました。
4ヶ所訪れた内の2番目、K県Hにて体験した不思議な出来事です。
民宿での素泊まりというのが決まった宿泊パターンで、その地でも同様に風情ある民宿で宿を取りました。
あとから知ったのですが温泉街という所は、客足がピークになる15時を過ぎると徐々に店が営業を終え、18時を回る頃には意外と街全体が静かになるようです。
私も無知で、温泉街にて一杯やる事を楽しみにしておりましたが、結局は宿泊先周辺の店は、足を運ぶ頃にはクローズしていました。
仕方なく麓にある駅の方まで歩けばもしやと思い、土地勘の無い山道を暗闇の中、道なりに進みました。
どれくらい歩いたか、あるポイントで山道の脇から抜け道のような歩道が現れました。
駅までの近道になるのでは、そう思い何の疑いもなくその道を降りていきました。
しばらくするとやや平地のような場所に、1件の建物がぼんやりと明かりをつけているのです。
雰囲気からして割烹のような、居酒屋のような佇まいがあり、運が良かったとゆっくり店の戸を開けました。
中には2名の50代くらいの男女が1組、そして店の女将と思しき女性がいて、一見客の私を暖かく迎えてくれました。
私は席に座るなり酒や一品料理を適当に注文し、店内をゆっくりと見渡しました。
程好く品のある骨董品が幾つか並び、少しこじんまりとしながらも雰囲気の良い昔ながらの小料理屋という感じを受けました。
酒や料理を楽しみ、常連と思われる50代男女の客達と他愛も無い話をして、感覚的には2時間ほどの時間を楽しみました。
会計をしようとレジで女将に
「よい店ですね。もう長く商売されているんですか?」
と問うと、
「生まれも育ちもここだしね。本当なら15年は経つんだよ」
と言っていたのを鮮明に記憶しています。
簡単な挨拶をし、店を後にしました。
気分良く、宿に帰ると泥のように眠りについたかと思います。
翌朝、宿のオーナーに昨晩の店の事を話した所、オーナーが「あなたもですか‥」とやや暗い表情になり、1枚の新聞記事を私に見せたのです。
そこには
『有名温泉地Hでの悲劇 人気割烹が焼失』
『女将と常連客2名が火にのまれ死亡』
との見出しが。
まさかと思い、車で昨晩の道を走り、うろ覚えながら近道と思い歩いたポイントに向かいました。
しかしそこには道は無く、いや正確に言えば「あった」痕跡だけでした。
そして恐らく店があったと思われる場所には、小さな供養塔と毎朝誰かが小まめに差し替えているであろう花筒があるだけでした。
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