正座をしてこちらを見ていたのは

私が数年前に体験した事をお話ししたいと思います。

私はその日仕事が休みで、数駅離れたショッピングモールへ行くために、電車に乗っていました。その電車は普段通勤に使う、乗り慣れた電車です。神奈川県の郊外にある、少しだけ田舎の街です。

駅と駅の間隔は五分ほど。山の多い土地柄、その区間は駅から駅に向かう五分、ほとんどの時間トンネルの中を走っているような場所でした。

私以外の乗客はまばらで、一車両に二十人ほどが間隔をあけながら座っていました。

私も同じように間隔をあけ、一人の男性から二、三席距離を取りあいている席につきました。

最寄りの駅を出発してすぐに、私は日頃の疲れもあってかうとうととしてしまいました。駅を出て、一分もしないうちにトンネルに入ります。目を閉じたまま暗闇に入るのを感じ、ぼんやりと考え事をしました。それは普段と何も変わらない。強いて言えば、通勤時間よりも人が少ない事が心地よいと感じていました。

二、三分経ったと思います。まだトンネルを走り続けている事を、目を閉じていてもなんとなく感じながら、私は不意に薄らと目を開きました。目を閉じた時とはあまり変化のない車内が目に映ります。数人が席についた車内で、ひとつ気が付いた変化としては、二、三席距離をあけて座っていた男性が立ち上がり、ドアの上の路線図を眺めていた事でした。私はそれを気にとめず、またすぐに目を閉じました。しかし、目を閉じてから仄かな恐怖を感じました。目を開けている時は意識をしませんでしたが思い返して見ると、ドアの前に男性がいたはずなのに、数席離れたその席にも何かがいたような感覚があるのです。それだけではどこか別の席から人が歩いてきただけだと思う事ができます。

しかし、その数席離れた場所にいた何かは、私に向かい正座をしてこちらをじっと見ていたような気がするのです。気のせいだと言われたらそれまでなのですが、私はトンネルを抜けるまで、目を開く事ができませんでした。そんな体験をしました。