鏡の中の王子様

私が中学生の頃、同じクラスに変わった子がいました。いまいち話が噛み合わず、一方的に自分の話したいことを話すため、他のクラスメイトからは距離を置かれていました。
名前はK子としておきます。
私はそれまでK子に話しかけられた事は無かったのですが、席替えで隣の席になってしまい、毎日話を聞かされるようになりました。
だいたいの話は親の愚痴、塾にいる意地悪な子の愚痴、部活動の愚痴、好きな曲やアニメの話だったのですが、ある日を境に『鏡の王子様』の話ばかりするようになりました。

K子が言うには、ある朝に部屋の姿見を見ていると、突然部屋の奥にイケメンが映ったそうです。部屋には自分以外誰もいないのですが、そのイケメンは鏡越しに話しかけてきました。最初は丁寧に挨拶をしてきて、
自分を王子と名乗ったそうです。
それから王子はずっと鏡に映るようになり、部屋で朝晩と話しているんだとか。

最初はバカバカしいと思っていた私ですが、
K子が毎日毎日王子の話をするものですから、次第に信じるようになりました。
それに、すこし素敵だとも思っていました。

部屋の中でイケメンとずっと話せるなんて
楽しいだろうな、と。

しばらくは何事もなく登校していたK子ですが、だんだんと遅刻や欠席が増えるようになっていきました。案の定、晩に王子と話し込みすぎて寝坊したり、一日中王子と話すために欠席していたようです。
K子は顔色が優れなくなり、授業中に居眠りする事が増え、口数も減っていきました。
特段仲がいいという訳では無かったため、私から話しかけることもなく、だんだんとK子の話を聞く事はなくなっていきました。
ある時、1週間ほど欠席していたK子が、久々に登校するなり私に言ってきました。
「私、王子と結婚することになったの。式には招待してあげるね。」
それだけ言うとK子は早退してしまいました。

次の日、朝のHRにかなり遅れて来た担任が
K子は亡くなったとクラスで言いました。

私にはなんとなく理由が分かりましたが、そんな話を信じてもらえるはずもないため
黙っておくことにしました。
噂話好きのクラスメイトが、K子は部屋で首を吊っていただの、マンションの屋上から飛び降りただの話していましたが、K子の近所に住む子は、鏡に顔を突っ込んで死んでいたらしい、と言っていました。クラスメイトからはバカにされていましたが、私は恐らくそれが事実だろうなと思いました。

その日の晩、部屋で本を読んでいた私は
突然K子の声が聞こえました。
「おーい、式に招待しに来たよ。」
化粧台の鏡を見てみると、鏡にK子が映っています。綺麗なドレスを着て、顔と首は血で真っ赤に染まっていました。
恐らく話さない方がいい。そう確信した私は黙ったまま化粧台の鏡を閉じました。
それっきり、K子の姿を見ることも、声を聞くこともありませんでした。

K子は鏡の中で幸せになれたのでしょうか。
今となってはわかりません。