これは今から5年ほど前、長男が幼稚園に通い始めた頃に体験した話。
当時、妻が2人目の子どもを産んだばかりで、授乳やオムツ替えに忙しく、長男の世話(幼稚園の送迎や遊び相手など)が僕の担当のようになっていた。
幼いながらに兄としての自覚が芽生えつつある息子の成長は日々目覚ましく、それを見守る時間は幸せなものであった。だが、正直に言うと、中には少々骨が折れる仕事もあった。それは毎晩の寝かしつけである。長男は少し神経が過敏なところがあり、毎日の寝かしつけにはとても時間がかかったのだ。
長男が寝付くまでの間、延々と背中をさすったりトントンしたり、子守唄を口ずさんだりするわけだが、この単純作業が毎日となると、いくら可愛いと思っていても、さすがに退屈になってくる。
そんな時間を少しでも紛らわせるため始めたのが、YouTubeの音声をイヤホンで聴きながら寝かしつけをするという方法だった。
最初は好きなミュージシャンのプレイリストなどを聴きながらだったが、それすらも何度も繰り返すうちに飽きてきて、最終的に行き着いたのが「怪談の朗読」を聞きながら寝かしつけるというものだった。
一見、怖い話なんてドキドキして自分自身が眠れなくなるのでは?と、思われるかもしれないが、実際は真逆で、静かなトーンで語られる怪談は意外に耳に心地よく、毎日、日替わりで選べて飽きも来ないし、中編であればちょうど1話が終わる頃に子供も寝て、自分も程よく眠くなってくると言う大変都合の良いジャンルであったのだ。
その日は、お盆もとうに過ぎたというのにじんわりと蒸す晩夏の夜だった。
「今日も長期戦になりそうだな…」などと思いつつ、ワイヤレスイヤホンを装着。スマホの画面をスクロールして今夜の「怪談」を探す。だが、その日はあいにく、お気に入りの朗読者の新作は見つからず、ぱっと目のついたおどろおどろしいサムネイルをクリックして寝かしつけに入った。
この日の怪談はこんな内容だった。
とある「忌み言葉」を知ってしまうと、その家に夜な夜な怨霊が訪れてくる。と言うものだ。
主人公は友達から地元に伝わる「忌み言葉」を聞かされる。するとその夜に廊下と寝室を仕切る曇りガラスの向こうに人影がうつる。人影は一晩ごとに主人公に近づいて来て…といった話だったと思う。
今となっては、主人公が最後どうなったかとか、その忌み言葉がどんな言葉であったかはとうに忘れてしまったが、最終的には怪談の聞き手が忌み言葉を知らされる事になると言う後味の悪いオチであった。
当時の僕には怪談を聴く事は日常で、怖い話には耐性ができており、怖がるという感覚より「これはなかなかの良作だな」と思いが先行して、持ちネタのストックとして覚えておきたい。という軽い気持ちで、息子の背中をさすりながらその「忌み言葉」をボソッと数回復唱した。
そんな、霊感も何もない、怪談を安眠と暇つぶしのネタとしか思っていなかった当時の僕が度肝を抜かれたのは翌日の朝だった。
息子が朝食のトーストをかじりながら、突然、何の脈絡もなく、
「昨日の夜、庭に人が立ってた。」と言ったのだ。
「はっ!?庭に?」
昨夜の怪談との繋がりを想起させる話に僕は驚いて聞き返した。
そんな偶然ある?
まだ年少になったばかりの息子が、そんな非現実的でありながら具体的な話をしてきたことなんてそれまでにはなかった。
いや待てよ…イヤホンが音漏れしていて話を聞かれていたのかな?…そんなはずはない。いつも寝かしつけが最優先であり、繊細な息子に気づかれないようギリギリの音量で聞いていたのだ、音漏れを内容が理解できるレベルで聞かれているなんて考えられなかった。偶然だ。この考えが僕をとりあえず冷静にさせた。
この時にもっと真面目に息子の話を聞いておけばよかった。 心霊と結びつけないにしろ、庭に不審者が入り込んでいたかもしれないのだ。それなのに、結果的に僕は昨夜の怪談が息子の話とリンクした事に少しワクワクしただけで、偶然として処理し、流してしまったのだ。
この日の夜、息子は寝室のドアを閉めてほしいとお願いしてきた。
山間地のわが家では部屋にクーラーはなく、夏の間、廊下の涼しい風を部屋に取り入れるためドアを開け放していたのだ。
その頃には息子の今朝の話はたまたま怖い夢が昨夜の怪談と重なっただけと断定していた僕は、とりあえず、息子の要望通りドアを閉め、息子が熟睡してからそっとドアを開け手眠りについた。
その夜、息子に何があったのかはわからない。明け方、隣からの苦しそうな唸り声で目覚めると、息子は真っ赤な顔に玉の汗をかいてうなされており、何やら聞き取れない言葉をぶつぶつ譫言のように呟いていた。
慌てた僕は、育児疲れで爆睡している妻を揺り起こした。子供2人の育児で肝の座っている妻は「小児特有の発熱かもしれないからもう少し様子を見よう」と提案してきたが、怪談からの連続性を無視しきれなくなった僕は完全にうろたえており、妻を無視して、すぐに救急病院へ直行した。
その結果、息子は高熱にあわせて持病の喘息も併発していた事からそのまま1週間の入院となった。
























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