第四章 18の呪いを鎮めるために
それから、しばらくして。
廃屋は、
取り壊されなかった。
代わりに——
囲まれた。
田んぼの中、
ぽつんと立つ古い家。
その周囲を取り囲むように、
小さな祠が、
一つ、また一つと建てられていった。
数は、
十九。
北も含め、
等間隔。
どれも同じ形で、
同じ高さ。
だが、
向きだけが違う。
祠の扉は、
すべて——
廃屋の方を向いている。
それは、
封じではなかった。
閉じ込めでもない。
「数を越えた証」
そう、
住職は言った。
十八で終わらせないために。
十九へ、
送り続けるために。
祠の中には、
何もない。
御神体も、
名前もない。
ただ、
小さな札が一枚ずつ。
そこには、
同じ言葉が記されている。
「数え終わった」
毎年、
8月25日。
午前3時24分。
陰陽師は、
廃屋の中には入らない。
祠を、
一つずつ巡る。
十九歩、
十九礼。
蝋燭は、
もう灯さない。
青い蝋は、
土に還された。
柚奈は、
その様子を、
少し離れた場所から見ていた。
——怖くはない。
——忘れてはいけないだけだ。
柚希は、
祠を指差して言う。
「ねえ、
これ、守ってるの?」
柚奈は、
少し考えてから答える。
「……うん」
「閉じてるんじゃなくて、
見張ってる」
風が吹く。
稲が揺れる。
廃屋は、
もう何も語らない。
ただ、
そこにあるだけ。
十九の祠に、
見守られながら。
——18は、越えられた。
そして、
この村は、
今日も変わらず、
静かに暮らしている。
忘れない者が、
いる限り。
柚奈と直宏は、
今、十七歳だ。
廃屋の周りには、
十九の祠が立ち、
儀式は、
今年も滞りなく終わった。
もう、
命を奪うようなことは起きていない。
それでも——。
十八日になると、
ふと、思い出してしまう。
朝、
日付を確認した瞬間。
学校の掲示板に、
「18」の数字を見つけた時。
夕方、
時計の針が
六に近づく頃。
柚奈は、
無意識に空を見る。
直宏は、
スマートフォンを伏せる。
怖いわけじゃない。
逃げたいわけでもない。
ただ——
忘れてはいけないと、
身体が覚えている。
柚奈は、
心の中で数える。
十九。
越えている。
直宏は、
小さく息を吐く。
「……大丈夫だな」
誰かに言うでもなく。
来年、
二人は十八になる。
その時、
何も起きないことを、
もう知っている。
それでも、
十八日は、
少しだけ背筋が伸びる。
それは、
呪いの名残ではない。
生き残った者の、記憶だ。
十九の祠が、
今日も田んぼの真ん中で
静かに立っている。
数え終わったことを、
忘れさせないために。
——そして、
二度と数え直させないために。





















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