祖父の日本刀
投稿者:朧 (3)
短編
2022/10/18
08:38
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母方の祖父母の家には、先祖から伝わるという日本刀がひと振りありました。
それは長い廊下奥の、夏でも冷んやりとした薄暗い部屋の床の間に鎮座していて、何か静謐な雰囲気と畏れを子供ながらに感じていました。
刀に触ってはいけないと言われていましたし、滅多に部屋に入ることさえありませんでした。
私が小学生の頃のある日、祖父が刀の手入れをしていて、黙ってそれを眺めていると、
「ほら、ここに曇りがあるだろう」
祖父が言うので見てみると、鏡面のような刀身に白っぽい曇りというか汚れのようものがありました。
「なに、これ?」
私が訊くと、
「血の痕だろうな……どうしても消えないんだ」
そう独り言のように呟く表情は、いつも優しい祖父からは考えられない冷たいものでした。
怯えた私に気配を感じたのか、祖父はいつものように笑い、
「散歩でも行こうか」
と言って刀を鞘に納めました。
私が中学生になった時に祖父は亡くなりましたが、それ以来、刀を見ることはありませんでした。
母や叔父叔母に刀はどうしたのかと尋ねても、
「わからない」「売ってしまった」「人に譲った」
と、曖昧な答えが返ってくるだけです。
なぜ祖父の死と共に先祖から伝わる刀を手放したのか、もしかしたらあの血曇りのある刀は祖父にしか扱えなかったのだろうか、と今でも考えることがあります。
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