山を歩く老婆
投稿者:命 (1)
短編
2021/11/27
21:43
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それはある暑い夏の白昼の話し。
僕は有給休暇を取り、一人「三ノ峰」という山に登った。
途中、剣が岩というところで休憩していると、下からまるで地面を滑っているかのように登ってくる老婆がいた。
驚いた点は、白装束のような着物を着ていた事である。老婆は僕を無視して直角に曲がり、頂上に向かって行った。
僕は山で人に追い越されるのが嫌いである。見た感じ80歳くらいの老女だ。すぐに追いつくだろうと思って、僕は荷物を片付け再び歩き出した。
ところが、なかなか追いつかない。当時僕は標準コースタイムの4割で歩く事ができた。頂上の方を見上げると、先ほどの老婆がまるで蜘蛛のように這って登っている。人間じゃない!あんなに速いなんて!
僕は追いつこうと思って、慌てて山頂に向かった。しかし山頂には誰もいなかった。「チブリが尾根」へ行く道や、「二の峰」へ行く道はあったがそこに行くには、4時間以上かかる。
もう夕暮れが迫っており、とても80歳の老婆には行ける行程ではなかった。もちろん、僕にも行けない。どこへ行ったのだろう。考えれば考えるほど、僕の頭は混乱してきた。
何よりもあの水平移動のような歩き方は何だったのだろう。そして何よりも、80歳の老婆が、片道4時間もかかる三の峰に登るなんて夏の日の幻覚としか思えない。
僕はそこからどうやって下山したのか記憶がない。ただ、あの老婆と会わなかったことだけは確信がある。老婆の怒ったような表情が、今でも忘れられない。
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