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妖怪・風習・伝奇

どこかで見た話さんによる妖怪・風習・伝奇にまつわる怖い話の投稿です

山の翁
短編 2025/12/28 21:57 100view

わたしは山寺で、長いこと供養の真似ごとをしてきました。坊さんと言っても、町でありがたがられるような立派なものじゃありません。ただ、見えるだけです。見えてしまう。
だからこそ、霊の世界の“決まり”も少しは知っております。

──霊は、争わんのです。

意外に思われるかもしれませんが、あの世の住人は、人間ほど無闇には噛みつきません。強いの、弱いの、気ままなの、子どものように遊びたがるの……いろんな霊がおりますが、みな、住処を分けております。
川の流れに沿うように、自然と“線”が引かれとるんです。

たとえば、この寺の裏山。
夕暮れどき、木立の向こうで小さく笑う女の霊がいます。悪さをするでもなく、ただ誰かの名を呼んでいる。あれは“呼び戻し”の類で、強くはありません。
その少し上の崖には、別の気配があります。こちらは古い戦の名残りで、固く重たい……火鉢の灰みたいに動かん霊です。
二つは近いようでも決して交わらない。互いの“溝”を越えようとせんのです。

ただ──人がその境目を跨いだ時だけ、霊はじっとこちらを見る。

ある夏、里の若い衆が肝試しに裏山へ入り、ちょうど境の上に腰を下ろしたことがありました。
その晩、わたしの部屋の戸が三度叩かれました。開けても誰もおらん。だが、背中のあたりだけが冷える。
「ああ、連れて来てしもうたな」とすぐに分かりました。
霊どうしは争わぬかわりに、人を介して境界を少しずつ広げようとするのです。人間は、霊にとって“通路”になる。

やっかいなのは強い霊ではなく、いたずら好きな者です。
この手のは軽いぶん動きも早い。線をすり抜け、人と霊の間をひょいひょい渡る。
あの時もそうで、若い衆の背にくっついてきたのは、崖のほうの重たい霊ではなく、下の女の霊の“影”でした。
影はね、本人より執着が薄いぶん、勝手がきく。人の夢に入り込んで、落ちたはずの記憶を拾ってくる。

翌朝、若い衆は顔を真っ青にして寺へ来ました。
「知らん女に起こされた」と言うのです。

聞けば、夢の中で「ここはお前の場所じゃないよ」と囁かれ、目を覚ます寸前に誰かが耳たぶをつまんだ、と。

その“つまみ”が合図でした。
霊は争わぬ、と言いましたが、境目を乱す人間には必ず“注意”が入ります。
優しい時もあれば、手遅れになることもある。

わたしは彼に、裏山へ謝りに行くよう勧めました。
謝ったからどうという話ではありませんが、人は自分の位置を思い出す儀式が要るのです。
しばらくして、彼のまわりの冷たい気配は消えました。

……こうしていくつも怪談を書いてきましたが、結局のところ、霊の世界は“秩序”で成り立っています。
恐ろしいようでいて、人よりずっと静かなんです。

だからこそ、こちら側が騒ぎ立てると、向こうもこちらを覗きにくる。
ただそれだけの話。
わたしらは、ただ線の上を踏まぬよう暮らしているだけなんです。

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